平成19年グリーン購入フォーラム基調講演
演題:グリーン購入の未来とその可能性
講師:武蔵工業大学環境情報学部教授 中原 秀樹 氏
皆さん、こんにちは。只今ご紹介いただきました中原です。
今から約1時間かけて「グリーン購入の未来とその可能性」ということで話を進めていきたいと思います。
その前に、ちょっとこれ、今朝の日本経済新聞なんですね。一面トップで「車空調リースで二酸化炭素を削減 排出ガス付き商品法人販売」ということで出ておりました。これは今、高木代表がおっしゃった、本当にカーボンオフセット、いわゆる二酸化炭素の相殺をどうしてちゃんとやるんだろうかと。
三重の方には気の毒ですけれども、例の赤福問題に始まって、そして吉兆、そしてさらにはギョーザの問題、ギョーザのおかげで古紙問題が吹っ飛んじゃって、実はその後、再生プラスチックの問題が出ているんですが、これも何となく大きな波が来ると、何となく私たちは関心をそちらのほうに移しちゃうということで、忘れがちになるんですね。
そういう意味で考えると、今日皆さん方に話をしたいテーマは、なぜ環境を守らなければいけないのかという、もう一回原点に返っていただきたいという問題があるんですね。
今日は環境以前の、ということで話して行きたいと思います。お手元にレビューとして私の講演資料がありますので、後でじっくり復習テストをやっていただければと思いますが、これは私が長年環境問題をやってきまして、どうしても避けざるを得ない点と言うか、私たち日本人が臭いものに蓋をしてきた結果、どうも収まりきれないという問題が今、噴出しているような感じがするんですね。
これを抜きにして私たちはおそらく今世紀を生き延びることはできないんじゃないかという思いで、この「鍵を握る環境以前の問題点」ということで話を皆さん方としていきたいと思います。
まず、日本の国内総生産ですが、これは簡単な数字ですから覚えておいていただきたいのは、500兆円、こういうものを私たちは稼ぎ出しているんですね。これを稼ぎ出すためにいろんな国から食物も含め、約20億トンの資源を輸入もしくは生産現場に投入をしているということになるんですね。
大切なのは一番右端にあります、そのうち4.5億トンという4分の1を私たちは捨てちゃっているということなんですね。これが資源効率性、そして技術力のある日本の国のやることなんだろうかということを考えていただきたい。こういった発想の中から、いわゆるエコイノベーション、環境技術を開発し、そしてさらにはそれを社会システムとして動かすために循環型社会というのがあって、3R運動という形になろうかと思います。
困るのは、この500兆円を稼ぎ出すために、何と13億トン、世界で第3位の二酸化炭素の排出をやりながら、私たちは500兆円というお金を手に入れているわけであります。
具体的には、これはざっと流して行きたいと思いますが、今世紀と言うか、20世紀に入ってから、どういうふうにこの国内総生産が伸びてきたのかという数字であります。すなわち国内生産が増えるということはどういうことなのか。今世紀は水の世紀と言われていますが、水の使用量もどんどん増えているということですね。それに合わせて穀物生産、すなわちこのへんまで行きますと皆さんお気付きだと思いますが、1950年という数字があります。ここが1950年で、先ほどから見ても、ここから急速に伸びているということがお分かりいただけると思います。
それと同時に、私たちは陸地のことしか考えませんけれども、魚はこれも大変な漁獲高になっているということであります。我々はその森が海を育てるということはよく知っているはずなんですが、海がどんな状況になっているのかというのは、三重県の場合は海がすぐ身近にありますので、漁場の荒れ、海荒れがしているのが分かると思いますが、特に瀬戸内海の海の問題というのは非常に大きな問題になっていると思います。
これも非常におもしろいんですが、ファースト・フード店の伸び、これは本当に戦後すぐに伸びてきまして、ほとんどゼロだった状況がうんとここで上がってきて、今やお母さんの味、すなわちお袋の味ではなくて、袋の味というのが家庭の味のように思ってしまうぐらい変わっている。これは片一方で女性が社会進出することによって、手を抜かざるを得ないということの表れなのかも知れません。いずれにしてもそういう状況があるだろうということです。
古紙偽装の紙の問題、これもだいたい情報化社会がくればペーパーレス社会になると皆さん思いましたけれども、人間というのはアナログにできているんですね。携帯電話でメールを送っても、もう一度電話をかけ直して、「今のメール読んだ?」と確認していなきゃダメなようなものですから、これは根本的にコミュニケーションのあり方というのを考えたほうがよさそうな問題であります。
古紙偽装も、だいたい紙の問題が、紙需要が逼迫してきたというところで、もうこれはバージンパルプであろうが、古紙のパルプであろうが、もう使わざるを得ないというところまで来ているんですね。ただ、表示を偽るということとはまったく別の問題でありまして、そこの基本線の過ちを犯したというのが、どうも問題であろうということであります。
情報化社会になっても、紙は絶対に減りません。我々はやっぱり触って、見て、確認することによって消費行動を続けるということになるわけですね。
さぁ、紙がどんどん増えれば、当然伐採量というのは増えてくるわけであります。伐採量が増えるということはどういうことなのかと言うと、自然が二酸化炭素を吸収して、そして浄化してくれる能力を、どんどん私たちは片一方で失っているということになるんです。
しかも、森はある意味であらゆる生物種の海のようなものですね。海を汚染されるとすべての生物がダメになるのと同じように、森がなくなってしまうと、ありとあらゆる生物種がなくなっていく。なくなって行くと何が困るかと言いますと、せっかくナノテクノロジーや遺伝子工学が一生懸命新しい分野を開拓しても、その元になる一番重要なさまざまな生物の原点を探すことができない。これは例えば医薬品であるとか、他の代替エネルギーも含めて、そういう開発ができなくなってしまうということですね。私たちは自ら首を絞めている現状になっているということです。
それの最も引き金的になったのが、これはいわゆる第二次世界大戦ですけれども、第二次世界大戦以降、ブワーッと車が増えている。昔は軍用車でしたからそれほどの台数はなかったんですけれども、それ以降は平和と同時にモータリゼーションの波が押し寄せてきた。当然、石油はあっという間にこれだけの消費量を迎えて増というふうにになったわけです。この石油欲しさのために戦争まで起こしてしまうというのが現状だろうと思いますね。
併せて、何が問題なのかと言うと、この気温上昇がどんどん見られるようになる。確かにこれを見ますと、1900年代の初めはこんなに低かったんですけど、一時、下がりもしました。しかし、もうここらへんになると急上昇していくと。これはあくまでも自然現象だと言い張っていた研究者がいましたけど、昨年2月、IPCCが第四次レポートを出すことによって、これはもう人間が起こしたこと以外に何も考えられないと。人為起源であるということを言われた以上、我々が原因だと言われたら、じゃあ我々は何をすればこの温暖化を止めることができるのかということであります。
温暖化で一番困るのは何なのかと言いますと、砂漠化して、我々の文明が滅ぶということですね。我々研究者の中では、環境考古学という分野がありますが、かつて四大文明というのを思い出してください。黄河文明にしろ、インダス文明にしろ、メソポタミア文明にしろ、エジプト文明にしろ、みんな現在砂漠の下ですよね。これを環境考古学の視点から見ますと、わずか平均気温が2℃上がったために、全部砂漠の下に入り込んでいるという状況なんです。
温暖化の問題を話しましたけど、なぜ砂漠化するのかという一番の原因は、気候変動なんですね。気候変動というのは、毎日のお天気のこと、これは気象情報ですよね。ですから「気象」という言い方をします。気候というのは、何十年、何百年、何千年というスパンの中で、どう上がり下がりをして行くんだろうかというのが「気候」です。ですから、気温が上がる時もあれば下がる時もあるんですね。1年の中で言えば、去年はあんなに雪が降らなくて、スキー場は大変だったというのが、今年は大雪が降って、雪崩はしょっちゅう起きるという感じになりますよね。そうするとやっぱり「温暖化は収まったのか」と。これは気象変化だけなんですね。我々が考えなければいけないのは、気候の枠組みが変わってしまうよということなんです。だから、気象と気候というのは決定的に違うということです。
その気候が2℃上がったために、四大文明が全部滅びた。すなわち、現代文明は今1.2℃までもうすでに産業革命以降、上昇しているわけなんですね。2℃上がると、もう破滅、破壊をしてしまった、かつての四大文明がダメになった、潰れてしまったという実証実験が行われているわけですから、それに近づいている。それを何とか止めなきゃいけないというのが、今度のG8で言われる『洞爺湖サミット・環境サミット』になるかということだと思うんですね。
これに併せて大幅な気候変動が、これだけの自然災害をもたらしているということであります。例えば具体的に去年たまたまこちらに来て、教育委員会で話をする機会がありました。その話した後に、皆さん必ず40℃を超える熱波と、それと1時間に50ミリを超える大雨が降りますよと言ったんです。そのとおりになったんです。教育委員会の人たちからメールをもらいました。当たって欲しくない予測が、先生のおっしゃるとおりだったと。
なぜ50ミリが問題なのか。雨水やいろんな水を排出する排出溝の径の大きさというのは50ミリしかないんですね。そうすると、50ミリを超える雨が降ってしまうと、これは全部地上にあふれ出すという構造になるわけですね。すなわち、床上浸水、床下浸水も含めて、50ミリ以上を想定しないで日本のいわゆる治水、水道行政というのは行われてきたわけです。これがすでに、例えば東京の世田谷区、東京の中心であります。ここで1時間に70ミリ、高知では何と110ミリなんていう雨を記録しているわけです。これもスコール的にバーッと降るわけですよね。ですから、隣が晴れていても、その隣じゃ大雨ということになるわけです。これによってさまざまな作物や生命・財産が危険に及ぼされる。
これがすべて自然災害に統計上あるのはおかしいんじゃないかと言い始めたのは、イギリスのロイドという保険会社なんですね。世界の損害保険の大元になっているところです。ここが最終的なアンダーライティングをやるわけなんですが、もうこれは自然災害じゃないですよと。人災だと。すなわち1時間に50ミリ以上の雨が降るのを想定しているのであれば、少なくとも下水溝は1時間に日本だと150〜200ミリの排出能力を備えたインフラを整備すべきではないかと。しかし、北は北海道から南は沖縄まで、その排水処理能力を上げたというところは一度も聞きません。これは万が一水害が起きた時に県を訴えたら勝ちますよ。直近のケースとしてそういうのが事例として上がって、それを放置してきたのは一体誰の責任なのかということにもなりかねないという、そこまで私たちの身の回りは逼迫した状況に来ているということをご理解いただきたいということです。すなわち、片一方の中でこの二酸化炭素の排出が、私たちが何がなんでも押さえ込まなくてはいけない問題になってきているということであります。
この二酸化炭素が悪さをして温暖化を招くわけですが、どのくらいすごいのかというのが、過去と現在という形で、これはスイスのグリンデルワルト氷河ですが、かつて氷河があったところが、今は森と泉になっている。風光明媚で、いいと言えばいいのかも知れませんが、ここまで変わってしまう。ローヌ氷河にしても、もうホテルが建ってしまうというぐらいまで氷が解けている。
今までは北極海が問題、南極が問題と言っている。私は全然違うんです。地球最古の氷がどこにあるのかと言ったら、北極でも南極でもないんです。極地は太陽光が当たりませんから当然寒くなるんです。私が一番恐れているのは、この氷河なんです。この氷河は何なのかと言うと、地球で一番古くからある氷なんですよ。これが解け始めているということが恐いし、これが元の氷河を作るということはあり得ないと。
この氷河が溶け出すことによって、大変な被害が出て来ているということなんですね。これはフエルネルですし、世界で一番氷河のでっかいのを持っているのはヒマラヤ氷河であります。1961年と1995年の写真ですけれども、これが去年の暮れあたりから解け始めて、中国南部では大洪水になっているということですよね。メコンもメナムも黄河も含めて、全部ヒマラヤ山系から来る雪解け水なんですから。そこがどんどん氷が解け始めるということは、もうこれは解けて流れてしまったら、ここは全部砂漠化するしかないんです。モンスーン・デルタ地帯というのは何も大雨が降るからではないんですね。やっぱりとうとうと流れるあの大河、すなわち氷河の雪解け水でもって潤っているわけなんですね。それが寒くなったらまたさらに氷の上に氷を継ぎ足すということを循環していた。その大元のところが、先ほど見たスイスのローザンヌのような形で、きれいな森と泉になった瞬間に、もう流れ出す水がなくなってしまう。となると、どうなるのかということです。
こういう事実を私たちはひた隠しに隠してきたわけですね。5千億かけてロケットを飛ばすのもいいと思うんですけど、そんな中で「おかしいんじゃないの?」と言ったのが、この『An Inconvenient Truth(不都合な真実)』ということで、おそらく高木さん、三重のグリーン購入倶楽部でもご覧になりましたか。一度皆さんが呼びかけて、市民のために上映会をやればいいじゃないですか。百聞は一見に如かずなんですよ。
この中で、言ったのかどうかは知らないけれども、書いたのがこの文章になります。私たちは、だんだん真実から逃げる一方だけれども、片一方で環境破壊という現実が四方八方から私たちの身の回りに押し寄せてきているという認識を持っていただきたいと。昔は、事実、我々研究者にとってみれば、真実を探すことが一番大事だったんです。でも、今、我々がやっていることは何なのかと言ったら、真実から逃げるということに一生懸命になっているわけです。
でも、むしろ今では、逃げるどころか、もう行き場所を失ってしまう。地球上のどこへ行っても逃げる場所がなくなってしまう。となると、さぁ、逃げないで今の私たちの豊かさ、便利さ、そしてこの自然環境の中で私たちはそのまま来年生きていけるのか、再来年生きていけるのか。
昨日、研究者の集まりがありまして、北極海の氷がどうもカウントダウンに入ってきましたよと。2030年から25年の間に解けるんじゃないかと。巨大なポロニアが、北極海の中に大穴が開いて、そこに太陽光が入ってくると、これは2025年から30年の間に解けてなくなってしまうということでしたが、それが何と5年後にもしかしたら来るかも知れないというデータが出てきた。5年後ですから、我々全員生きてますよ。それがどういう影響を与えるのかということであります。
これを指をくわえたまま、じっと我々は座して待つしかないと。そういう生き方を我々はやるのか、どうなのかということ。もうそこで出てくるのは何か。飢餓しかないんです。勿論レアメタルも産業のためには必要かも知れないけど、一番人間が生きるために必要なエネルギーと資源は食料資源でしかないんですよ。我々は食べなければ死んでしまいます。この飢餓が私たちを確実に襲う。
我々の食料事情を考えてみてください。自給率が何%なのかということを考えてみてください。そうした時に、世界中が同時多発的に飢餓状態になった時に、私たちは金の力、円の力でもって輸入をしてきました。しかし、自国民が飢餓状態になっている時に、果たして儲かるからと言って、かつての冷夏でもってタイ米やインドネシア米を我々は輸入した記憶があると思います。でも、それと同じようにインドネシアやタイや中国は、私たち日本人のために輸出してくれるんだろうかということを真剣に考えないとまずいということになるわけです。
そうなってくると、我々島国の人間はもう逃げ出す場所がないんです。ところが、陸続きの国は何なのかと言ったら、食える場所、食べられる場所を求めて、水を求めて移動するというのが環境難民なんです。最初のうちは難民をヒューマニズムでもって皆さん迎え入れてくれます。
しかし、忘れちゃいけないのは、私たち日本人は、1970年代にボートピープルをどうやったのかということを忘れないでください。「水際大作戦」と称して、東南アジアや中国からのいわゆる難民たちを全部追い返したはずです。追い返した後、その船が海賊に襲われたのか、台風で沈んだのかということは一切報道されておりません。皆さん方もおそらく今、私がこの話をした時に、「そう言えば、70年代にそういう話があったなぁ」と記憶しているだけで、きれいさっぱり忘れています。しかし、「自由の国・日本」を求めて来た難民たちの子孫はずっと覚えているんですよ。私が申し上げているのは、第二次世界大戦でアジアに対して日本が何をやったのかという話じゃないんですよ。戦争を知らない皆さん方、我々の世代がやってきたことですよ。我々の親じゃなくて、我々が責任を持たなくてはいけない。それを近隣の国の人たち、貧しい人たちに対してそうやってきたんです。
じゃあ、我々がボートピープルとして出た時に、韓国が受け入れてくれますか、中国が受け入れてくれますか、ベトナムは、タイは、インドネシアは、ということですよ。皆さん方、我々には現代史の中でそれがあるということを忘れていただきたくないということです。
そしてその結果、どうなるのか。食料を求めて、水を求めて、そしてブッシュの起こしたイラクのように、石油資源を求めて、犠牲になるのは、この映像に出ている女性と子どもたちだけなんです。男性は、我々は最前線へ行って、ドカンと殺られるか、生物兵器でウギャッと死んでしまうかだけの話です。しかし、多くの銃後の守りでいる、この女性と子どもは、まずこういう戦争の被害になるということを忘れないでいただきたいということであります。
私自身が環境問題をやる契機になったのは、やはり戦争を二度と起こすべきではないと。それと環境は完全にリンクしているというのが、私の研究の一番大きな視点なんです。ですから私は、市民教育、環境市民教育というのをやります。私たちは、その生き方でもって自分たちの国をふさわしい国にできるかどうかを決めることができる。それは市民の力なんですね。もしかすると、この国というのは「市民」というのが存在していないんじゃないのかというのが、そもそも私の環境問題を考えるに至った一番最初の動機でもあるわけであります。
いずれにしても、今まで見ていただいた統計からすれば、このまま行けば、私たちの地球の環境容量を超えるんです。耳慣れない言葉ですが、地球の環境容量というのは、分かりやすく言いますと、今日、皆様方がグリーン購入フォーラムにおいでになった今現在のお持ちになっているお金の量だと考えてください。皆さんが今日、財布の中にいくらお金を持っているのかということで、今日一日の行動が決まるんです。久しぶりにグリーン購入フォーラムで懐かしい人たちに会ったと。財布の中に1万円近くあるぞということになれば、1万円なりの行動になってくるわけでしょ。ここじゃなんだから、ちょっと駅前に行って1杯ひっかけるかという話もできますし、もしこれ、500円玉1個握っているとすれば、まっすぐ帰るしかないなということで、その人の行動は決まるんです。これを私たちは「資金」という言い方をします。ファイナンシャル・リソースということですね。資源というのは何なんでしょう。ナチュラル・リソース。同じ元なんですね。
我々、資金管理では一生懸命やるんです。バシェット・コントロールとか何とか言って。春闘も始まって、雇用のためには上げなさいよなんて言ったけど、円高だ、もうこれは売り上げが悪くなるから、もう押さえ込もうなんていうお金のコントロールはよくやるんですが、同じ「資」、すなわちリソースの中でも、ナチュラル、すなわち自然資源に関してはちっともコントロールしていない。何とかなるだろうと。
ところが、これを見て分かるように、さっき、この環境容量というのは皆さん方の今日お持ちの財布の中のお金だと。そのお金の残高でもって私たちの行動が赤になったり黄色になったり緑になったりするわけですよ。それと同じように、地球のお金である資源がなくなったら、私たちはどうするのかということです。すでにバブルの1988年に、適正なこの緑の部分が安全ラインなんですね。この地球のお金の量は変わりません。これを越えたのは、何とバブルの1980年代なんです。団扇を持ってお姉ちゃんたちが踊っている間に、あっという間に我々は地球の資源の量を越しまして、現在、借金生活に入っているとお考えください。もうすでに借金生活どころか、返せる見込みがないわけですから、自己破産宣告を突き付けられているんです。資源を資金と置き換えて考えると一番よく分かると思います。
だったらどうしますか、皆さん方。少なくとも借金を返さないとどんなことになるのか分かるわけですから、地球に対する借金を返すためには二通りしかないんです。新しい地球を求めてロケットを飛ばすか、それとも使用量を減らすか、どちらですか。そうすると、選択の余地がありませんね。使用量を減らす、すなわち資源消費量をどうやって減らすのか。そして一度出たものは、例えばこのペットボトル、石油からできているわけですよね。これを使ったら元に戻さないとダメだから、もう一度これを石油に戻すか、プラスチック・トゥー・プラスチックにするか、ペット・トゥー・ペットにするのかという考え方、これが循環型社会、これしか我々の選択肢はないということなんです。
すなわち、我々は何なのかと言うと、このいやらしい目つきをした、いわゆる破壊行為をしながら、私たち人間は生き続けるしかないという部分なんです。我々は清くも美しくも立派でも何でもありません。我々が生きるということは、水資源、食料資源、そして天然資源をとことん使い尽くしながら、生きていくしかないんです。
じゃあ、そうした時にこういうアメリカ型の豊かな暮らしを我々は追い求めて行くのか、こういう途上国のような暮らしの人もこの地球上にいるわけなんです。その時に、これは『Income and Happiness』という統計ですが、この横軸が右に行けば行くほどGDPが増えるんです。縦軸が上に上がれば上がるほど、豊かな暮らしをしているな、ハッピーだと感じている数字なんです。これをプロットタイプでずっと押して行きますと、こちらの方向になっている。すなわち、豊かになればなるほど、ハッピネスは下がっているんですね。『一杯のかけそば』で分かち合う家族のほうが、幸福度は高いということなんです。
そうすると、我々は何のためにGDP500兆円を稼ぎ出したのかということなんです。それは皆さん方が胸に手を当てて考えてくださいよということです。30年、40年前の皆さん方が青年期、少年期の時代、確かに物もなく、『ALWAYS
三丁目の夕日』を見て、みんな「懐かしいな」と思っているわけでしょ。あの中で皆さんが何を懐かしいと思ったのか、どこに自分の琴線に触れたのかというシーンを思い出してください。得たものは何なのか、失ったものは何なのかということなんです。そこで我々自身が問いかけなくてはいけない。本当にお金が増えたら幸せになったんだろうかと。我々が不幸になるために、過労死しているわけでも何でもないです。定年離婚を迎えているわけでも何でもないです。家族の幸せのために我々は一生懸命働いてきたはずなんでしょ。特に男性諸君が多いですけれども。
でも、今やっていることはちっとも幸せにつながらないということじゃ、どうしようもないということですよね。じゃあ、どうやって環境を守ったらいいんでしょうかということを、私たちは考えざるを得ないところに来ていると。これは、ここにいらっしゃる皆さん方がそれぞれのやり方でもってご苦労なさっているんだろうと思います。
しかし、もうのんびりはやっていられないんです。なぜか。もう下手をすると5年後には北極の氷が解けるということになります。そうすると南極の氷がちょいと九州ほどの氷が解けただけで潮位が35センチ上がったわけですから、あの北極海の氷が解けた場合には、潮位はさらにまた40センチぐらい上がるんです。
この津の先は海ですよね。あの防波堤の高さを考えてください。おそらく津の町というのは海抜ゼロでしょ。魚を釣りに行く人はよく分かっています。満潮時と干潮時でどれくらい潮位が上がるのか。私は九州の片田舎で生まれました。有明海というのは、干潮時と満潮時で5メートル違うんです。この天井の高さよりもっと高いところで満潮に上がり、そして干潮時にはムツゴロウが出てくるという、そういう状況なんです。
そうすると防波堤は、5メートル+1メートルぐらいしか持っていないんです。これが潮位が35センチ上がるだけでも、もうすでに危ない。どうして危ないのか。あの防波堤の計算は、風速というのを入れてないんです。地球は自転しているんです。ですからローリングが起きます。そのローリングに、風速5メートル来たら、5×5で25倍の高さまで上がるんです。風速10メートルになったら50倍に上がるんです。
ですから、私たちは地震が起きると、よく津波が30センチとか10センチ、「何だ、大したことないな」というふうに思っていますが、これは風速ゼロの時の話ですよ。皆さん方、風速10メートル、15メートルの風というのは、台風の時の「すごいな!」と思うのがそれぐらいの風だと思ってください。これがもっとひどくなるとどうなるかと言うと、トラックを横倒しにしますよ。木は根こそぎ、電柱を倒すぐらいのことは簡単なんです。これが風速30〜40メートルですからね。
そして、このハリケーン・カトリーナ級の台風がどんどん日本に押し寄せてきているんでしょ。イチローじゃないですけど、3割どころか、平成16年、台風が23回来ている。そのうち18回、日本を襲っているんですよ。だんだん日本の近海近くで、すなわち気温上昇でもって台風が私たちの国の真下で起きてきているという状況なんですね。
さぁ、そんな中でどうやって、のんびり環境を守ればいいのか。急いでやるためには根本的に変えなければいけない。今日は、私が一番気になっている、そもそも経済とは何をやってきてくれたんだろうかということなんですね。そして、なぜ環境破壊を起こしてしまうんだろうかという根本の問題なくして、私たちがいくら小手先のものをやって、今日の冒頭ご説明した排出権付き商品法人販売と言って、じゃあ、排出権取引をやって、こういうものがカーボンオフセットをされる商品を買うと、世界中の二酸化炭素の排出が抑えられるんですか。自分のところの省エネをやらなくて、二酸化炭素の排出を抑えなくて、その分出たから金で買えばいいじゃないのと。だから証券会社や商社は言いますよ。100兆円市場だ、10兆円市場だと言って。そりゃ取引、トレードするんですから儲かる。しかし、それで本当に二酸化炭素が減るんですかということです。これは古紙偽装よりもひどい問題を起こしかねない問題なんですね。なぜそういうふうになってしまうのかと。
私がこれからお話するテーマに関しては、実はきっかけになった本が二冊あるんです。これは、環境破壊を起こし始めたのは、よく産業革命以降という言い方をします。すなわちエネルギー革命ですね。すなわち影響を与えた本は何かと言うと、私は子どもの頃、親から読んで聞かされたのが『ガリバー旅行記』なんです。
でも、生意気な子どもでしたから、親の話してくれる「小人と巨人の国」、これじゃおさまらなかったんです。私は第二部に行ってしまったんです。「空飛ぶ天空の島ラピュータ」というのが第二部なんです。これはアニメのじゃないですよ。宮崎さんが『ガリバー旅行記』をパクッただけの話ですからね。そこは何なのかと言ったら、いわゆる産業革命で、すなわちテクノロジー(技術)が発達し、そうするともう人間の考えなんか要らないと。これからは科学技術の時代だから、次の世紀に必要な科学技術者ばっかり集めて素晴らしい国を作ろうと言って、それでできたのが天空の島ラピュータなんですね。
そこにガリバーは行くんです。行くんだけれども、何か物足りないなと。何か変だと。それは音楽もなければ文学も何もないと。心も何もないと。それで考えて、私は第三部まで行っちゃったんです。「人間の顔を持った馬たちが住む国ヌフィー」、それが第三部なんですね。で、その本の中に出て来るんです。アジアの遠く東の果てにヤーパンという国があって、そこには馬の顔をしたヌフィーという人たちがいて、素晴らしい心を持った人たちである。そこに私は行きたいと言って、第三部に入るんです。
これ、『ガリバー旅行記』ですよ。但し、そのモデルになった国は日本なんです。彼はマルコ・ポーロの影響を受けて、すなわち産業革命の風刺小説として書かれた中で、科学技術に依存しすぎるとどういう世界をもたらし、そしてその結果、もたらした社会システムは、人間の心を持たない人間たちが出てくることによって、もう一回、回帰現象で人間の心を満たそうとする、今の日本は町を何時に歩いても安全ですか。人間関係はどうですか。裏切りますか、裏切りませんかという心の問題を、すでに300年前にスウィフトはこの産業革命が何を起こすのかということを警告するために書いているんです。ぜひ図書館に行って見てください。ルビをふってありますから、こういう本は。
それともう一つ、1900年代に出てノーベル文学賞を取った、メーテルリンクの『青い鳥』。これも皆さん、子どもの頃、読んで聞かせてもらったと思います。幸福の青い鳥を探しに行って森に出たら、捕まえたと思って持って帰ったら赤い鳥だった。もう一回、また子どもたちはおばあちゃんのために森に行って、連れて帰ったら白い鳥だった。何度やっても、森の中に行ったら青い鳥はあるんだけれども、ない。どうしてだろうか。幸福というものは、鳥という物じゃないということを教えてくれている。
これは1900年、フランスでパリ万博が行われ、そしてエジソンの電球、すなわち、夜でも私たちはあの素晴らしい光のもとで動くようになったし、動く歩道ができ、動く馬車が出てきた。映画でもってテレフォトスコープという形で現在のインターネットと同じようなことまで全部、その1900年パリ万博、すなわち、あの1900年万博から私たちはずっと今日まで何の変化もなくきた。その時にメーテルリンクが言ったのは何かと言うと、スウィフトが言った第三部の人間の顔を持った馬ヌフィーと同じことを、私たちは物質に取り囲まれたら一番大事なものを失ってしまうよという警告の書が、メーテルリンクの『青い鳥』という本なんです。これもルビがふってありますから、図書館に行って読んでください。
因みに、デパートメントストア(百貨店)が一番最初にできたのは1900年のパリ万博の時のフランスのパリ、ボンマルシェというのが未だにあります。未だにフランスのパリの中では最も有名な百貨店です。プランタンなんかも有名かも知れませんが、ぜひ行ってください。あのパリ万博の時の建物のまま残っているんですね。アールヌーボー調の。そこの店に行ったら、百貨が目の前で買える。100年前の人はどうだったんだろうかと見ると、普通の百貨店の造り方と全然違いますね。
でも、その中でメーテルリンクは、物に心を奪われたら失うものは何なのか、すなわち心の隙間を物で埋めようと思っても無駄ですよということを、メーテルリンクは言ってくれているわけです。
しかし、私たちがやったものは何なのかと。その産業革命以降、我々がやったことは、持続不可能な道しかやっていない。すなわち、何が持続不可能なのか。資源というものは、この太陽、自然の恵みや地球に長い間時間をかけて溜め込んできたものなんですね。これをテクノロジー(技術)とは何なのか、地球のどてっ腹に蛇口を付けて、欲しい時に湯水のごとくジャブジャブと資源を使う。そうすると、地球の資源はどんどんなくなる。これは借金のことですね。このマンガのことを「エコロジカル・フットプリント」と言って、これはブリティッシュ・コロンビア大学というカナダの大学があります。そこの大学院生が「いやぁ、計算するとよく分からない。俺たち学生に分かるように」と言って、授業の合間にマンガに描いたのがこれだったんです。これが今、世界中に広まっているんです。理屈もいいんだけど、パッと見た瞬間に小さな子どもたちからおじいちゃん、おばあちゃんまで分かるようにしないといけない。
技術と資源との関係、これをこっちにしないといけないと。すなわち、あふれ出るだけ、まず元に戻して、この出たものを元に戻して、これが循環型ですよね。そして、溜め込むだけ溜め込んで、はい、再生可能な分だけの、すなわち、またお金の話に戻ります。宝くじで3億円当たりました。3億円をどんどん使い込んだらダメなんです。3億円はまず銀行に預けましょう。0.025じゃないけど、もうちょっと金利が高い、1%ぐらいにしてくれるところがあれば、3億円の1%、300万、いいじゃないですか、月に25万円利息でもらえますよ。会社を辞めちゃうかも知れない。そうしたら、未来永劫3億円は残るんですよ。但し、利息の範囲の中で生活をするというのが、サスティナブル・コンストラクション、それが持続可能な経済。
かつて農業経済、産業革命以前は自然の恵みの中で我々はやっていましたから、持続可能経済だった。しかし、この地球にある資源を湯水のごとく使い始めた瞬間に、私たちは持続不可能になってきて、今や糸の切れた凧になっちゃったということなんです。なぜこうなってきたんだろうか。すなわち、いつの間にか、一番上のパラグラフですが、科学技術のことばかりに夢中になっちゃって、自然体系を壊すような、もしくは人間を不具にしてしまうような社会を作り上げたということの認識をまず持たなければいけない。
次は、我々は「エコノミック・アニマル」として揶揄されたことです。富さえ増えればすべてがうまく行くと考えた。お金は万能だと。中原も調子のいいことを言っているけれども、お金で左右されるじゃないのと。給料は少ないより多いほうがいいんでしょうという話ですよね。そのうち、正義感も、調和も、健康も、どうなってきたか。金では買えなくても、金さえあれば本当に私たちは済ませることができるんだろうかと。すなわち、今や命を我々はお金で買おうとしているわけです。
一番いいのが、皆さん、年齢の「齢」の字を手元にある余白のところに漢字で書いてください。「歯」の「命」って書くでしょ。人間はホモサピエンスLという動物種なんです。ホモサピエンスLは、歯の寿命は50年しかもたないんです。ペットをお飼いになっている方はみんな知っていると思います。犬や猫、年を取ってくると歯が抜け落ちてくるんです。これはエネルギーをいくら口から入れても、もう無理ですよという自然現象なんです。これを我々は、金さえあればカタがつくと言って、入れ歯をしたり差し歯をやったりして、終いにはチューブを通して生きようとしているんでしょ。これが金で済ませようとする、私たち人間のまっとうな生き方だと思われている。
皆さん健常者で元気だから、「いや、そんな、チューブにくくられるような生き方はしたくないよ」と言うけど、あんた方がそうじゃなくても、家族はそう思って、「いや、チューブを付けてでも生かしたい」と。多くの方が親を亡くした経験があると思います。その時にできることは何なのか、できる限りの最高の医療を備えてと言うけれども、一生懸命病と闘っている本人にとってみれば、「まだ生きろと言うのか」ということかも知れませんけれどもね。少なくとも私たちはそういう金さえあれば健康でというふうに、どうも考えているのではないかということであります。
しかも、富を手に入れることが目標で、それ以外の人間らしく生きることなんて二の次だと。「あの人はいい性格しているんだけどね」と言う裏に何が、皆さん方の考えに残っているのかということを考えてください。そうなってくると、そういうことをやっている限りは一番最後のパラグラフです。民族の抹殺やテロ行為、社会秩序の崩壊、公害、資源の枯渇、これを招くしかないのが、私たちが産業革命以降やってきた経済のあり方なんです。
その結果、何なのか。具体的には持続不可能な生産と消費ということになるわけです。そうすると、私たちは現在持っている研究開発、あらゆる資源を動員して環境破壊と戦って、そして野生動植物を保護し、これが何となく科学技術によって手なずけることができる、すなわち技術で回復できると思っている限りは、私は不可能だと思う。技術以外に何かがあるということを完全に私たちは忘れている。そこの根本をやらないと、資源消費量、生産量を増やすだけ増やして、それをまた技術で上回るような、今朝の新聞にも出てましたよね。いわゆる2020年から2025年、30年の間に、二酸化炭素の排出を日本政府がやったのは、省エネ技術を25〜30%減らす技術開発をすればいいというふうな言い方をしている。まさに、この1番の形でしかないということですね。
こういうやり方をやってしまっている限りは、私は持続不可能な生産と消費を続けるだけでしかないと。もうすでに私たちは限界に来ているこの資本主義経済を、新たな経済を、これは私のやることじゃありませんけど、経済学者がきちっとやってこないといけないということであります。
じゃあ、具体的にどうやってやれば一番いいのかという結論の方向に持っていきたいと思います。難しい。価値観を変えようって。だから時々言われるんですね。環境問題をやっているとグルがいるって言うんですよね。どうも環境問題をやる人はファナチックになって困っちゃうと。新興宗教じゃないんですってことなんですが、まぁでもよく考えると、私は不良の学者なものですから、酒は飲むわ、タバコは吸うわ、車は乗るわで、あんまり褒められた研究者じゃないんですが、中には清貧何とかのごとくでやっていらっしゃる方が、これが99.9%ですが、不良は私一人ということで、時々足を引っ張ろうとするんですが、まぁ真面目ですよね。
それを見ていると、それに陶酔している人たちがまるで信者のごとく見えちゃうんですけどね。私は一呼吸おいてから考えてもいいのかなと。楽しむ環境対応を何とかやりたいというのが、私の本来の目的でもあるわけです。
しかし、そんなことはゆっくりやっていたんじゃダメだと言うわりにはいい加減なことを言っておりますけれども、要は何なのかと言うと、時間稼ぎじゃもうダメだということですね。もう時間稼ぎしても、後ろにもう、言えばもうこの端っこに来ていますよと。もう半分落ちていますよというのをどうやって認識し得るのか。しかし、私はテクノロジーに頼っているだけじゃ、根本的な解決はできませんよということを申し上げました。じゃあ、何によってできるのか。
3番目は、これは誰が言っているのか分かると思いますが、地球温暖化を抑える。「これを怠ると、早晩、時間の余裕はない。文明の没落が現実になる。地獄に落ちる」と。ここまで行くと本のテーマまで書いちゃいましたけど、それは事実なんです。じゃあ、どうやったら私たちはこれを解決することができるか。
そうすると、次に出てくるのはこれになるんですね。きれいな環境にいくらお金を払うか、はい、環境税にしましょうか、環境オフセットにしましょうかという話になる。これをやっている限りは無理なんですね。そのためには、何なのかと言うと、私は「温故知新」じゃないけど、知恵を使って欲しいと思いますね。すなわち、金も使わず、やる方法は何なのか。
これ、ほぼ一つしかないんですね。満足をすることを忘れてしまってはダメですよと。これ、「足るを知る」と言うんですね。これは皆さん方全員が子どもの頃教わってきたことなんです。それがいつの間にか、この市場経済メカニズムの中で、飢えた鬼、「餓鬼」に変わっちゃったんですね。
ですから、女性たちはおいしい甘いスウィーツを目の前にすると、別腹だと言って手を出す。そして食った分だけどうするのかと言うと、フィットネスクラブとエステに行って、ダブついた皮を水出しをして、締めようとする。それでサービスエコノミーが成り立っていると言えば成り立っているんですけれども、まぁそんなことをするぐらいなら腹八分目で止めておけばいいわけです。男は男で、運動もせずやっていると、「ウェスト81センチ以上はメタボ」なんて言われて、まるで人間でないかのごとく言われる。それならば、運動をすればいいだけの話です。
ところが、問題は何なのかと言うと、運動する時間が皆さんありますかということですよね。私が皆さん方に今日ご提案したいうちの一つは何か。時間というものをお金で換算したらいくらになるのか、考えて欲しいということです。貧乏人は、ヨーロッパやアメリカまでジェット機で行くんです。10時間ちょっとで行くんです。本当のお金持ちは船に乗って行くんです。半年かけて、何百万、何千万というお金をかけて。時間というのはそれだけ価値があるんです。
しかし、私たちは500兆円を稼ぎ出すために、私が今揶揄してきた持続不可能な経済と持続不可能な生産と消費を手に入れるために、どれほど多くの時間を犠牲にしてきているのか。そして、そのわりには私たちはまともに親と一緒にご飯を食べた記憶があるんでしょ。親の背中を見て育ったんでしょ。でも、あなた方は一体何人が子どもにあなた方の背中を見せながら子育てをやってきたんですかということです。自分が恩恵を受けておきながら、自分がやるべきことをやっていないのが今の世界ではないのかと。すなわち、環境を論じる以前の問題があるのではないでしょうかということであります。
この一番最後のパラグラフもよく見てください。三つの徳目を理解するようになっている。これは哲学で言われる「真・善・美」なんですが、真とは「正義」なんです。おかしいことはおかしいと、いつの間にか私たちは言えなくなっているんですね。そしてそれを勇気を出してやることを「善行を行う」と。善なんです。そして、ケチじゃないんです。節制は美でもあるんです。欲深になると美しさがなくなってしまうんです。この「真・善・美」という最も人間が基本的に持っている機能を、私たちは失っているんです。
これを回復してくれるのが知恵。これが持続可能な教育10年の中に生かされているかと言えば、知恵の「知」の字も出てこない。まったくディープエコロジーであるとか何だかんだと。それよりももっと私たちがこの「真・善・美」を達成するためには、一番まともなそれを壊しかねなかった、いや、壊してきた、この市場経済メカニズムというシステムと、そして資本主義のあり方は、本当にこれでいいのかという、本当の敵とちゃんと向き合わないと無理だと。
環境と経済は両立するなんて嘘です。両立しません。新たな経済を我々は考えるしかないんです。でないと、いつまで経ってもGDP競争しかないじゃないですか。町が破産するから、税収が必要だから、地場産業を増やさなければいけない。でも、3、40年前、50年前の三重県、津を考えてみてください。貧しかったですかということなんです。豊かさのあり方。そこには「真・善・美」をきちっと追求する社会があったはずなんです。それを元に戻さないといけない。
もう時間ですので飛ばしますが、これは私の研究分野で、私はこちらの研究分野なんですね。これは山本先生なんかのいわゆるエンジニアたちがこちらで、いわゆるLCA、LCC、環境効率とかIPP、EPPという形で、いわゆるさまざまなライフサイクルアプローチをして製品を市場に出す。そして消費者がそれをさまざまなライフステージ、生活の状況に合わせてやるんだけれども、そこで買う気になるか、ならないかというアクセプタビリティー(受容性)の研究というのが、私の一番大きな研究分野です。
なぜそんなことをやるのかと言うと、さぁ「グリーン購入に未来はあるのか」「グリーン購入とは何なのか」、これは合い言葉にしてください。消費者の確かな目+環境配慮をしているということなんです。確かな目とは何なのか。必要なものを必要なだけ買いましょうということなんです。グリーン商品しかない、もうこれしかないということを言っているわけじゃないんです。本当に必要なものかどうかを見極めて、その見極める目を持ちながら、環境配慮の製品をちゃんと選びましょうということなんですね。
そのためには企業のやるべきこと。環境品質の適切な見方、カタログの提供、どのぐらいの資源、エネルギーが節約できて、どの程度環境保全に寄与しているのかを正直に正しく出すのが、グリーン購入倶楽部の企業会員の仕事なんです。そうすると消費者は、そのことによってエコデザインの現状やこういうものを知ることができる。
そしてさらに、さまざまな年齢層、すなわちお年寄りなのか、みんな大卒ではないはずなんです。さまざまな社会層があるんです。その人たちに問題点を、どういうのがあるのかということも、すなわち古紙100%はできない、60%が限界だったら60%がなぜ限界なのかということを伝える責任を企業は持っているということを忘れないでください。それをお化粧してごまかして、化粧を取ったら違う顔じゃないかと言っているのが今の話でしょ。素顔がこれなんですということをちゃんと出さないといけないんです。
その上で見た時に、私は一例としてこのプリウスの問題を挙げるわけです。まずハイブリッド車、燃料効率の上昇で、使用段階における環境影響は少なくなります。しかし、欠点もあるんです。ハイブリッドにすることによって、部品点数が増加して、その増加することによって環境負荷が逆にかかっている。ですから、消費者にとってみればいいけれども、メーカーにとってみれば、これほどお荷物な車はないというのが、実はプリウスなんです。トータルLCAで考えたらどちらがいいかということを考えなければいけない。
これは研究室でやった結果なんです。すなわち、これが普通の車ですね。そしてこれがハイブリッド車です。これの二酸化炭素、NOI、SOI、そしてその他の有害物質の排出量をちゃんと使用前と製造段階でやった結果、これだけの変化があった。確かに二酸化炭素は減りますよ。しかし、逆にNOI、SOIは全体から見ると増えているじゃありませんかと。他の有害物質も増えているじゃありませんかということになるわけですね。
すなわち、資源調達から製造工程、そして消費者の手に渡っていくまでの全プロセスでもって、私たちは見なければいけない。そして今、企業はこういう物の作り方、情報提供の仕方が求められているんです。ですから、消費者に手渡しする時だけのデータを見てもダメだよということなんですね。
別にトヨタを褒めてもしょうがないんですけど、トヨタはちゃんと自分たちの環境報告書の中にこのデータを出して、ハイブリッドとは何なのかということをちゃんと言っているわけです。そういう姿勢がこの三重のグリーン購入クラブの企業の方々が出している環境報告書の中に、メリットとデメリットをちゃんと併記しているかということです。あなた方がちゃんとそれを表記しないと、グリーンコンシューマーになろうという市民の人たちは、それを見つける目が育たないということなんですね。
そういう意味で言いますと、日本の環境問題、環境対応というのは、どちらかと言うと、こちらのほうのいわゆる環境影響評価(エンバイロメントル・インパクト・アセスメント)と呼ばれる、こちらの技術のほう、自然関係は非常に進んでいるんです。
ところが、ダメなのは文系、これがダメ。人文社会学系、例えばフェアトレードの問題、人権の問題、そしてそれが貧富や失業率、犯罪発生率にどんな影響を与えるのかということを、からきし考えていない。車で言えば両輪の輪、飛行機で言えば右左のエンジンなんです。これが一方だけしか回っていない。その一方だけを回してきたのが、今日の資本主義経済であり、市場経済システムなんです。それを私は今日、皆さん方に『ガリバー旅行記』、そして『青い鳥』の例を出して、こちら側の研究がまったくないですよということなんですね。環境問題を変えようと思うならば、私たち人間が持っている自然科学の知恵と、社会科学、人文科学の知恵を両方合わせる。すなわち、人間として考えるということを総体でやらないと無理だと思うんですね。
これは会社の中でもそうです。お前は技術屋だから、こっちで環境をやれよとか、お前は法律が詳しいからそっちをやれよと。そんなバカなことをやっている間に片方しか出てこないし、誤った意思決定しかできないということであります。
それから最後です。五感を働かせてください。環境容量計算に基づいて、こちらは環境容量に基づいた資源消費量ですね。野菜275グラム、果物225グラム、そしてお肉54グラム、この真ん中は何なのかと言うと、ドイツの厚生省がメタボにならないように、すなわち成人病にならないように決めた、昔からある標準摂取量なんです。エンジニアが一生懸命計算して出した、これだったら持続可能な消費だという量と、メタボにならないように、成人病にならないようにと決めた量がほぼ同じなんです。
ということは、皮膚感覚でもって、動物的本能でもって私たちは行動しても、ちゃんとやれるんです。だから食べすぎだなと思ったら、必ず人間は1センチ厚みが出てくるんです。飲みすぎたなと思ったら必ず二日酔いが出るようになっている。その五感を私たちはちゃんとアンテナを持っているわけですから、それを活かし続けるようなことをやってくださいよと。
その上で私たちは早急に、このままじゃちょっと温暖化の原因になっているなという見方をしながら、グリーン購入、すなわちグリーン製品やグリーンサービスの購入に、「でき得る限り」という表現をします。「絶対に」とは言いません。でき得る限り切り替えていただきたい。それは私たちだけではなくて、私たちの一番大事な子ども、孫のためにということであります。
申し訳ありません。8分オーバーしました。以上でもって私の話を終わりたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。
(終)